大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2749号 判決

控訴人

岩崎裕光

右訴訟代理人

太田実

被控訴人

坂橋成夫

右訴訟代理人

宮下勇

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決別紙第二目録記載の建物(本件建物)を収去して、原判決別紙第一目録記載の土地(本件土地)の明渡をし、かつ金一四九万九五五二円と昭和五二年六月一日から右明渡ずみまで一か月金四万七二〇〇円及び右金員に対する翌月の一日から明渡ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係については、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(但し、原審相被告株式会社電電及び同両角敦夫に関する部分を除く。)から、これを引用する。

(控訴人の主張)

1  本件は、控訴人が本件土地を高橋文子に対して同人の建物所有を目的として賃貸していたところ、同人が地主である控訴人の承諾を得ることなく、被控訴人にその賃借権と共に本件建物を売却した事案であつて、その実体は、土地賃借権の無断譲渡事件である。ただ本件の場合、借地人らが住宅組合法に基づいて住宅組合を設立して建物を建築したことから、原始組合員らは、法形式上組合を土地賃借人とし、組合員がその賃料債務を保証し、また建物所有名義も組合の解散に至るまでは組合名義とせざるを得なかつたに過ぎないのである。

2  本件の場合、地主は住宅困窮者のために権利金も取らずに低廉な賃料で土地を提供したのであつて、地主の承諾もなく組合に加入し、しかも住宅困窮者でもない被控訴人(被控訴人の妻は前記組合の組合員で、住宅組合法に基づいて別に一棟の建物を取得しており、被控訴人は本件建物を他に賃貸する目的で買い受けたのである。)のような者にまで土地を賃貸するつもりは全くない。ちなみに、控訴人は、原始組合員が建物を住宅困窮者に売却する場合には、土地賃借権の譲渡につき積極的に同意してきたのである。

3  組合に加入するかどうかということと、土地賃借権の譲渡とは本来無関係である。本件の場合、原始組合員全員が組合の控訴人に対する土地賃貸借契約上の債務につき連帯保証人となつているが、被控訴人は、原始組合員高橋文子から本件建物を買受けたというに過ぎず、控訴人に対してその旨の通知もしなければ挨拶もせず、まして前記土地賃貸借契約上の債務につきその連帯保証人にもなつていない。控訴人が被控訴人分の賃料を受領していたのは、その集金方法が組合員がそれぞれ長野市住宅組合連合会の通知に基づいて同連合会へ賃料を納入し、同連合会がまとめて控訴人指定の銀行口座へ振込むという方法であつたため、控訴人としては、組合員の変動により誰が新たに賃料を連合会に納入するようになつたのか知る由もなかつたことによるのである。

(被控訴人の主張)

1  原判決事実摘示第五の一、二記載のとおり、本件土地については、地主(控訴人の父岩崎恒行)と組合との間に賃貸借契約が締結されたが、右賃貸借契約は、本件借地上に右組合が組合員に対して住宅を供給し、その所有権を取得させるためのものであり、組合員が建物を使用し所有して本件借地を使用することは、転貸借関係というよりむしろ右賃貸借の内容をなしているのである。そして、組合は当初から一〇年六か月を存続期間として解散することを定め、他方住宅は右期間を越えて存続することは明らかであり、建物所有を目的とする借地権の存続期間は三〇年であるから、組合解散という技術上の問題はあつても、本件賃貸借契約は何らかの形式を取つて存続することを予定しているものであつて、現在もその効力を有する。従つて、賃貸人(地主)の地位を承継した控訴人は、組合員となつて本件建物の所有権を取得した被控訴人に対し、本件建物の収去及び本件土地の明渡を求めることはできない。

2  仮にそうでないとしても、地主と組合間の前記賃貸借契約は、組合が本件借地上に組合員に対して住宅を供給してその所有権を取得させ、右土地を使用させることを目的とした契約であるから、第三者のためにする契約ということができる。そして、各組合員は、組合員となることにより、契約による利益を享受することを表明したものということができるから被控訴人も組合員となつたことにより、本件土地を使用する権利を生じたものであり、その権利の内容は、建物所有を目的とする期間三〇年の賃借権である。仮りに組合員となること自体によつては右利益を享受することを表明したことにならないとしても、被控訴人が高橋文子から本件建物に関する権利を買受けた昭和四五年六月八日から間もない頃、被控訴人の妻が酒一升を持参して控訴人方を訪れ、本件建物を買受けた旨挨拶し、控訴人においてこれを受領しているのであるから、この時に前記利益享受の意思を表明したものということができる。

3  また原判決事実摘示第五の九前段記載のとおり、前記組合員の本件借地使用の法律関係を組合からの転貸借とみるとしても、前述のとおり、地主と組合間の賃貸借契約は、組合員が本件借地上に建物を所有して該土地を使用することを目的としたものであるから、地主において組合員に対する転貸を包括的に承諾していたものであり、組合員となるには法律又は定款により規律されるのであるから、地主としては転貸そのものを組合に一任していたということができる。

4  仮りに、転貸を包括的に承認したり、転貸を組合に一任したりしたものでないとしても、被控訴人に対する転貸は、次の各点より控訴人は承認していたものということができる。すなわち、本件建物の前居住者高橋文子は、組合員の連帯保証した借入金の返済もできず、更に本件建物に関する権利を売却しなくては立ち行かなくなつたので、長野市住宅組合連合会事務局長の鱗行雄に相談したところ、鱗は、高橋には所有権の登記がされてなく、建物の権利関係も不明確であるため、事情を知つた地主に買つて貰うのが一番良いと考え、当時土地所有者であつた控訴人の父に事情を告げ、買取りを求めたが、商談が成立するにいたらなかつたこと、次いで高橋は、本件建物内で経営していた中華料理店を廃業し立退いたこと、被控訴人の妻が控訴人に対し、本件建物を買取つたことを前記のように酒一升を持参し挨拶したこと、本件建物を被控訴人から賃借し使用している株式会社電電の代表者和田は、控訴人が別に所有している建物を借り受けて住居とし、本件建物は事務室に使用しているものであること、また最近は同人の妻が洋裁店を本件建物で営んでいること、更に控訴人の住宅と本件建物は道路を中にして向い合つていて、前記和田は控訴人の店子でもあり熟知の間柄であるから、同人が被控訴人から本件建物を借りていることを知らぬはずはないこと、また被控訴人は本件建物を買受けてから本訴に至るまで六、七年もの間賃料を支払つていたが、控訴人は前記の各事情を知りながら、何の問題もなくこれを受領していたこと等である。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一控訴人が本件土地を所有していること及び被控訴人が本件土地上に本件建物を所有して該土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

二そこで、被控訴人の抗弁について検討する。

抗弁一項の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すれば、次のような事実を認めることができる。すなわち、(1) 長野市栄第七五住宅組合と所属組合員との関係及び各組合員が自己の住宅(建物)の所有権を取得するに至る仕組みは、抗弁二項のとおりとなつていた。(2) 本件借地の提供者(賃貸人)であつた岩崎恒行(控訴人の父)と組合との間に昭和四一年八月一二日に成立した抗弁一項記載の賃貸借契約においては、(イ) 各組合員が賃借人である組合の連帯保証人となり、また長野市住宅組合連合会事務局長が管理者としてその仲介にあたると共に、賃借人からの賃料の徴収や賃貸人に対する払込みにあたるものとされ、(ロ) 組合が各組合員に提供する住宅敷地は、組合員毎に区画され、契約書添付の図面によつてもその範囲が特定され、(ハ) 賃貸借契約の存続期間は、該契約締結の日から組合が解散する日までとし、組合解散後は地主と個々の組合員との間で再契約をすることが予定されたが、組合員は、期間満了後又は期間中でも管理者の仲介により地主から各自の住宅敷地を時価で買取ることができるものとされ、(ニ) 更に、賃借人が本件借地を他に転貸するときは賃貸人の承諾を要するものと定められたが、右は組合員が住宅を建築しないでその借地を他に貸与するような場合を想定してこれを定めたものである。(3) 前記岩崎恒行は昭和四五年六月五日死亡し、控訴人が相続により本件借地の所有権を取得し、かつ前記賃貸人の地位を承継した。(4) これより先、高橋文子は、組合員として、組合から本件土地上に建築された本件建物の供給を受け、昭和四二年七月六日付で該建物につき組合名義に所有権保存登記を経由していたが、出資金の払込みができなくなつたため、組合に対する権利義務一切(組合持分)を処分して資金を捻出したいと考え、管理者である前記連合会事務局長に依頼して地主岩崎恒行に対しその売買の交渉をして貰つたものの、成約に至らず、困惑していたところ、組合員坂橋美代子の夫である被控訴人が鱗行雄の媒介によりこれを買受けることにした。(5) 被控訴人は、昭和四五年六月八日高橋文子から、前記組合持分を買受け(当事者間においては事実上本件建物の売買)、高橋は、その頃右代金をもつて組合に対する出資金の未払分の支払を完了し、組合から脱退した。(6) 被控訴人は、昭和四六年二月一七日の組合総会の決議により、前記持分譲受の承諾を得て組合員となり、以来本件土地の賃料を組合に支払い、また昭和四七年一一月から本件建物を株式会社電電に賃貸してきた。(7) 組合は、昭和四八年一二月一六日に開催された総会において、被控訴人が本来組合員の資格要件である住宅困窮者でなく、かつ定款に違反して本件建物を第三者(株式会社電電ほか一名)に使用させているとして、被控訴人の除名を決議して、その頃被控訴人に対して右除名処分を通告した。(8) 次いで、組合は、本件建物につき昭和四九年一月一九日付で組合員である赤津勝弥ら八名に対し譲与を原因とする所有権移転登記を経由した後解散し(組合が同年一月二九日に解散したことは当事者間に争いがない。)、同年五月二九日組合の地位を承継した宮前団地自治会が岩崎恒行の相続人である控訴人ほか一名の地主との間で、本件借地について賃貸借契約を締結した。(9) 他方、被控訴人は、本件建物の所有権は高橋が前記出資金の払込みを完了したことにより組合から同人に移転し、更に被控訴人が前記の経緯により承継取得した結果、被控訴人に帰属していると主張して、赤津勝弥ら八名を相手取つて、長野地方裁判所に対し、本件建物につき所有権移転登記手続等請求訴訟(同庁昭和四九年(ワ)第五九号事件)を提起し、勝訴の判決を得て、該判決に基づき、昭和五一年九月七日付で本件建物につき真正なる登記名義の回復を原因として、被控訴人名義に所有権移転(共有者全員持分全部移転)登記を経由した。また、被控訴人は、本件土地に対する昭和四九年八月分までの賃料を自治会に支払つてきたが、その後、自治会が賃料の受領を拒絶するに至つたので、以後の賃料は自治会長宛に供託している。以上の事実が認められ〈る。〉

以上の事実によれば、組合は、控訴人の先代岩崎恒行から本件土地を賃借して、これを組合員である高橋文子に使用させていたものであり、高橋が組合に対する出資金の払込みを完了して本件建物の所有権を取得し、更に被控訴人がこれを承継取得したことに伴ない、被控訴人において本件土地を組合から転借したものというべきである。ところで、地主と組合間の賃貸借契約は、組合員が本件借地上に建物を所有して該土地を使用することをその目的としていると解されるから、地主としては、組合員(原始組合員であると、組合の承諾を得て後日組合員となつた者であるとを問わない。)に対する転貸を包括的に予め承諾していたものということができる。そして、被控訴人が本件建物の所有権取得と相前後して組合総会の決議により組合持分譲受の承諾を得て組合員となつたことは前認定のとおりである(なお、組合がその後被控訴人を除名する旨の決議をしたこと前記のとおりであるが、〈証拠〉によれば、右除名処分は定款の規定に基づかない無効のものであると解される。)から、地主においては、被控訴人に対する本件土地の転貸のような場合も含めて予め承諾していたものと解するのが相当であり、被控訴人は、適法に組合を通して(組合の解散後はその承継人である自治会を通して)本件土地を転借しているものということができる。従つて、被控訴人の抗弁はその理由がある。

控訴人は、本件土地の使用関係の実体は、控訴人と高橋文子との間の賃貸借であり、同人は、控訴人に無断で被控訴人に対し右賃貸借による賃借権を譲渡したのであつて、組合は、法形式上賃借人となつているに過ぎない、右賃借権の譲渡と譲受人が組合に加入するかどうかとは無関係であると主張するが、この間の事実関係は、右に認定したとおりであり、右主張は、独自の見解であつて、採用することができない。また控訴人は、控訴人が住宅困窮者でもない被控訴人へ土地を賃貸するつもりは全くないと述べ、被控訴人への転貸を承諾する筈がないと主張するものと解されるが、組合が組合員たる者に転貸することは、控訴人において包括的に承諾していたと認めるべきことも、前述のとおりであるから、右主張も採り得ない。

以上の次第で、控訴人の本訴請求は、これを失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(杉田洋一 中村修三 松岡登)

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